「最初の人間が、昨日埋め込みを受けた」
2024年1月29日、イーロン・マスク氏が X(旧 Twitter)に投稿しました。「最初の人間が昨日ニューラリンクの埋め込みを受け、順調に回復している」。続けて、「最初の製品の名前はテレパシー」とも。
ニューラリンクが公開した、電極を脳に埋め込むための手術ロボット(2020年撮影)。Wikimedia Commons / Leijurv / CC BY-SA 4.0
ニューラリンクは、脳に電極を埋め込んで脳とコンピュータを直接つなぐ装置を作っている会社です。硬貨ほどの大きさの本体を頭蓋骨に埋め、髪の毛より細い糸状の電極を脳の表面に差し込む。手術はロボットが行います。
このブログでは以前、「人間と機械の融合=トランスヒューマニズム」の記事で、マイクロチップの話を書きました。あれから5年。話は「噂」から「臨床試験」に変わりました。
今回できたこと、できないこと

できる(目指している)こと
- 手足が動かせない人が、考えるだけでカーソルを動かし、文字を打つ
- 将来的には、視覚や運動機能の補助
できないこと(今回の発表には含まれない)
- 記憶を読み取る、思考を送信する
- 外部から人の考えを操作する
- 健康な人が能力を拡張する用途(少なくとも今の段階では医療目的の臨床試験)
つまり今回は「脳の信号を読んでカーソルを動かす」実験の始まりで、「思考を読む」でも「操る」でもありません。同種の技術(BCI=ブレイン・コンピュータ・インターフェース)は他社や大学でも研究されていて、ニューラリンクが初めてというわけでもありません。ただ、マスク氏の会社であることと、「テレパシー」という製品名で、話題の大きさは桁違いでした。
都市伝説との距離
「人間にチップを埋めて操る」は、陰謀論の世界では最古参のネタの一つです。
- 1990年代から「新世界秩序が全人類にマイクロチップを埋める」という話があった
- 2020年のワクチンのときは「チップが入っている」という噂が世界中に広まった(入っていません)
- 「獣の刻印」(聖書のヨハネの黙示録)と結びつけて、右手か額にチップを埋める=666の刻印、という読み解きも定番
今回のニューラリンクは、この噂を「本当だった」と言わせるには十分な見た目をしています。「脳に、チップを、マスク氏が」。都市伝説側からすれば、これ以上ない三拍子です。
一方で、現実の距離を測ると、噂が言う「操る」からはかなり遠い場所にいます。電極は脳の表面の運動野の信号を拾うだけで、脳の内容を書き換える機能はありません。「読む」と「書く」の間には、技術的に大きな壁があります。
それでも気になること
技術の中身よりも、周辺の方が引っかかります。
- 動物実験の段階で、多数のサルが死んだと元従業員が告発し、米当局が調査している
- 臨床試験の詳細(どんな人に、何を、どう評価するか)は、他の医療機器の試験より公開が少ない
- マスク氏は「AI に人間が負けないために、脳と AI を融合させる」と繰り返している。これは彼の言葉で、都市伝説の言葉ではない
「操る」より「急ぎすぎ」の方が、現実的な心配ごとかもしれません。
おわりに
トランスヒューマニズムの記事を書いたとき、「人間と機械の融合」は都市伝説の中の言葉でした。それが5年で臨床試験になった。噂が現実に追い越される速度は、思ったより速いようです。
「テレパシー」という製品が本当に人の役に立つのか、それとも別の何かになるのか。この会社は、このブログにとって長い付き合いになりそうです。








